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2004年1月 5日

「形が心をつくる」 2004年1月号 

1月4日。

朝8時から消防出初式が島田第二小学校で、続いて消防団表彰式がプラザおおるり9時から、そのあとパレードが市民会館で行われました。

消防団の人たちの行進や訓練の成果である演技を見せていただいて久しぶりにさわやかな緊張感を心地よく受け止めた。

こちらまで背筋が延びる気分を味わった。体育大会で行進さえ集団訓練を嫌うゆえになくしてしまった今の教育を受けた子供たちが、果たしてこういうことに参加できるかどうか、不安を覚えた。松田教育長はやはり、こういう「管理された状態」はいけないというのだろうか?

もっと子供は自由でなければ、というのだろうか?個性が押しつぶされるというのだろうか?

私はそうは思わない。

個性などというものはそんなに先生方が躍起となって育ててくれなくても、いやでも出るものだ。出すなといっても出てくるものだ。実際、ものの考え方や行動の仕方など子供たちはそれぞれにそれなりに、違ってきてしまう。

同じ事を教えても、同じように理解が行くことなど、まずない。

なぜなら、一人一人が違う存在だからだ。それが個性というものだ。それがそれほど強くなくてもいいではないか。なぜ、学校教育は「個性を育てる」などというのだろう?余計なお世話だ。もっと教えるべきことがあるでしょ!

たとえば今日の消防団の人たちの生き方だ。彼らは生業がある。ありながら、時間を作って地域住民の安全と安心のために身を尽くしている。

むしろ、そういう「人のありよう」を教えてほしい。地域貢献活動などに身を置いたことのない先生が、「個性」などと言って「自分勝手」や「わがまま」の野性を個性と勘違いしているところもある。

まず、形が心を創ることを教えてほしい。きちんとした「挨拶をする」形が、きちんと人と対したり、礼儀正しく人と接することを教えてくれる。「祈る」という形が人を謙虚であれと教えてくれる。

形などどうでもいい、肝心なのは中身だ、内容だと言う先生方が多いが、それは違う。

形が伴わないものは中身が薄い。いくら心で思っていても、形に表現できなければ、ないと同じだ。

「ありがとう」といえば、感謝の念が沸いてくるのも同じことだ。感謝の念があるから形(言葉)にしなくてもいいというものではない。「形じゃなくて心だよ」などと、若いころは私も思っていた。

しかし子供たちと付き合っているうちに気が付いた。形から入るという手もある、そのほうが早いと。早ければいいというものではないが、何もしないで中身だ、内容だといっていても、ひとりでにできてくるものではないだろう。

まず、社会に貢献する形の中に子供を投げ込んでみるのも1つの心を育てる手だと、つくづく思う。

つまり、作家の曽野綾子が言ってることは正解だ。貢献活動を義務化することだ。まずやってみて、やっている中で感動をましていくことだって大いにあるということだ。

1月7日。

午後1時から健康条例作成会議に出席。西原県議を座長として1期の議員だけでまず、たたき台を作ろうということだった。

さすがに西原県議は私が青少年課長のころから取り組んできているから詳しい。タバコからいかに青少年を守るかは、このごろ特に大事な課題となってきた。余りにも安易にタバコが手に入る環境なのだ。

特に母親の喫煙は、子供にとって大きな影響があることを、皆さんご存知でしょうかね?小学校の校長をやっていたときのことを思い出す。

2年生の男の子だった。あの時は6年生を筆頭にぞろぞろ芋づる式に7,8人タバコを吸った子を捕まえた。2年生がいたり、女の子が入っていたのには驚いた。その2年生の子が言った事、今でも忘れられない。

「だってお母さんが吸ってるから僕も吸ってもいいと思った。」

子供にとってお母さんというのはやっぱり、父親とは違う存在なんだ。男女共同参画の盲点ではないだろうか?父親と母親では子供の心の距離が違うような気がする。そう言えば、「育て方の問題だ」と反論されるのかも知れない。小さいときから父親が面倒見ていれば、父親の方が近い存在なはずだと言うのだろう。

でも、本当にそうなのだろうか?そのへんをきちんと検証してさまざまな施策を具体化していかないと、子供の心の育ちに、とんでもない忘れ物をしないとも限らない、と思うのだが、どういうものだろう。

勝手に大人の論理で「同じはずだ」という前提のもと、エンゼルプランなど、進めていいものかどうか?たちどまって子供たちの表れを見ながらでないと、とんでもないことになりかねない。そういう心配を識者はしないのだろうか?

24時間保育など大人の身勝手な話ではないのかどうか、子供にとってどうなのか?問題はそれなのに・・・・